シーヘアー オープンのきっかけ | sea hair(シーヘアー)は豊田市で1番遅くまで営業している美容室です。

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シーヘアーのブログ

シーヘアー オープンのきっかけ

シーヘアー

私がシーヘアーをオープンしたのは

 
今から2年前の 7月7日、
 
35歳の時でした。
 
 
美容専門学校の同級生と比べると、
 
少し遅めだったと思います。
 
 
美容師を始めたばかりの時は、正直言いまして
独立志向というものは全くありませんでした。
 
 
今、当時の自分を振り返ると、本当に先の事など何も考えてなかったのだなぁ、
 
と思います。
 
まさに、その日暮らしでした。
 
 
『自分のお店を持ちたい』
 
 
このような考えに至るまでには、それから約10年程の時間を費やしたのでした。
 
 
20歳で美容専門学校を卒業して、同年に美容師免許を取得し、
 
晴れて美容師としてスタートしました。
 
 
20歳から美容師をスタートして
 
自分のお店を持ちたいと思うようになるのが、
 
30歳くらいの時。
 
 
その間の10年間の間に、美容師を辞めようと思った事が3回程ありました。
 
 
 
まず最初に引退を考えたのは駆け出し1年目の頃。
 
理由は
 
『土、日休みたい』
 
でした。
 
 
当時の自分は土日休みがとっても欲しかったのです。
 
理由は、
 
 
友人と遊びたかったからです。
 
 
美容師を始めると、土、日はつねに仕事でした。
 
昼間営業の美容室ですと
 
土、日は平日より忙しく、
 
休みを取ることは出来なかったのです。
 
 
友人と遊ぶと言いましたが、
 
 
結婚式や、同窓会などは、殆ど土、日に行われます。
 
 
毎回声をかけてもらうたび、断りを入れないといけないのが当時は嫌だったのです。
 
 
 
 
 
結局その時は辞めませんでした。
 
 
 
 
 
 
次の引退構想は25歳の時にありました。
 
 
この時に引退を考えたのは、
 
 
ちょっとやらしいかもしれませんが、
 

『お金』

 

 

でした。

 
 
自分の友達で美容師以外の同級生達の年収と自分年収、
 
労働時間、休日、
 
 
全てひっくるめて自分の時給と同年代の時給を比べた時に、虚しく感じてしまったのです。
 
 
 
 
 
20歳から25歳まで毎日夜遅くまで、営業、練習等をして、
 
失敗したり、成功したり、
 
お客様に怒られたり、
 
逆にほめられたり、
 
時には慰められたりもしました。
 
 
毎日、必死に、自分なりにですが、
 
早く仕事を覚えて、
 
同期、後輩に負けたくない、
 
お客様の髪を切れるようになりたい、
 
たくさん指名されるようになりたい、
 
みんなから必要とされたい、
 
 
 
このような事を思いながら、毎日必死でやってきました。
 
当時はカットのコンクールに力を入れておりまして、仕込みのウィッグ 《カットする人形です、》
を作るために、日付が変わるまでカラーしたりしてました。
 
ウィッグも箱ごとまとめて購入して、毎日カット練習をしておりました。
 
 
自腹でどれくらいお金をかけたかよく覚えておりませんが、当時の自分にとってはそこそこのお金を投げて練習しました。
 
 
お店の定期練習会以外にも、きになる講習会が有れば休みを使って参加しておりました。
 
 
モデルが必要と聞けば、友人、知人に頼みまくって、講習に参加しました。
 
 
 
 
その結果、
 
自分は、工場で働いている友人よりも、
 
トラック運転手をやっている友人よりも、
 
自分より年下の後輩よりも、
 
 
稼げない男だったのです。
 
 
 
この時、自分は初めて仕事の事と、
 
将来のことを真剣に考えるようになりました。
 
 
 
この時もかなり迷いましたが、結局辞めませんでした。
 
 
 
 
最後は30歳の時。
 
なんとなくなんですけど、
 
30歳っていうと、転職するか、美容師を続けるか
 
最後の選択ラインの様な気がしていました。
 
 
30歳超えて美容師を辞めたなら、
 
もう復帰する事は無いと思いました。
 
 
逆に転職をするなら30歳までに。
 
 
という思いもありました。
 
 
 
 
なんか、辞める事をいつも考えている様な感じがして、あんまりブログで書いてはいけない事かと思いながら書いております。
 
 
 
ちょうど30歳の頃、実は独立するチャンスがありました。
 
 
同じ専門学校の友達で仲の良かった友達がいました。
 
その友達が働いているお店が拡張移転をするという事で、今のお店を売りに出しているというのを友達から聞きました。
 
 
美容師を始めて10年。
 
自分が休みたい時に休めるように、
 
 
同世代の友達よりも稼げるように、
 
 
 
そんな事よりも、
 
 
自分が理想とするお店を、作りたい、
 
自分の店を持ちたいと考えておりました。
 
 
ちょっとカッコつけて言いましたけど、
 
要は
 
 
『自分が思うようにやりたい』
 
 
という事でした。
 
 
今まで自分のお店をオープンするまでに、
 
3つのお店で働かせて貰いました。
 
 
それぞれのお店で多くの事を学ばせてもらい、
 
また経験もさせて貰いました。
 
 
 
その時間の中で、
 
 
『本当はもっとこうしたい。』
 
とか、
 
『こんな事はしたくない』
 
 
とか
 
 
あったんですね。
 
 
 
具体的に言うと、、、
 
 
『1人のお客様にマンツーマンで仕事がしたい。』
 
※シャンプー→アシスタント①、
ブロー→アシスタント②
カット→自分   の末  掛け持ち施術で無限に待たせる
 
みたいな事がしたく無いという事です。
 
あと、先に予約しておられるお客様に迷惑をかけるような無理な予約の取り方、
予約なしの方のネジ込み施術等。
 
 
 
『必要の無い提案をしたく無い。』
 
※必要の無い、望んでいないメニューや商品の提案。 いらんでしょ、そんなの。
て、思ってました。
 
 
『自信をもって提案出来る物を扱いたい』
 
※悩み、希みを叶えるためには必要な物があった。
 
 
 
 
具体的あげるとこんな感じでした。
 
 
 
長いので総称して
 
 
 
自分の思うようにやりたい
 
と思うようになったのです。
 
 
美容師を始めて10年、
 
 
自宅からも近い、費用もかなり抑えて出来る
 
物件。
 
居抜き物件なので美容の道具も残っている。
 
 
 
 
 
『いくしかねぇ。』
 
 
 
 
 
結果出来ませんでした。
 
 
当時の自分には、
 
美容室を開業する必要価格の10分の1程のお金を用意する事も、
 
 
それを借金する事も、
 
 
 
信じて投資してもらう事も出来なかったのです。
 
 
 
 
 
 
この時に、一つ決意した事がありました。
 
 
 
 
絶対に、自分の力で開業する
 
 
と。
 
 
そして、
 
 
 
この時、自分を信じなかった人達を絶対に見返してやる。
 
 
と。
 
 
 
自分の行動の原動力は  『怒り』  だったようです。
 
 
 
それからお店をオープンするまでの5年間、
 
 
美容師をしながら、 
 
営業後にラーメン屋でバイトしたり、
 
休みの日は
 
 ◯カイ引越しセンターでバイトしたり、
 
 
大型チェーン店  美容室でも掛け持ちで働いたりしてました。
 
 
 
転機が訪れたのは32歳の時。
 
 
当時働いていたお店を辞める事になった時、
 
 
昔お世話になっていた複数店舗を持つ美容室
オーナーから、豊田市の駅の近くにあるお店を
やってみないか?
 
 
というお話を貰いました。
 
 
具体的な内容的には、完全な独立という事ではありませんでしたが、ゆくゆく、その様な形も出来るようにと、
 
お話しをもらって働く事になりました。
 
 
結果、そのお店を譲り受ける事にもならなかったのですが、
 
実際に一人で責任を持って営業をする様になり、
 
自分である程度思うように営業できるようになってきました。
 
 
 
35歳になる前に、
 
 
今働いているお店を買い取るか?
 
従業員として働くか?
 
辞めるか?
 
 
 
この選択のどれかを選ぶ事になりました。
 
 
少しの猶予期間をもらい、返事をするまでの期間が1週間程。
 
 
その間に、店舗を探していたら、
 
見つかった物件が
 
 
 

 
こちらだったのです。
 
 
自分が物件を、探しに行って、話を聞いた一日前に売りに出す事を前オーナーが決めた物件でした。
 
この仲介を、してくれた方も、
 
 
『業者にお願いする前に大谷さんから連絡があって、すごいタイミングだったんです。』
 
 
そして
 
 
7月7日、シーヘアーをオープンする事になりました。
 
 
 
最後。さらっと書きましたが、
 
『自分の力で開業する』
 
と、言いながらも、
 
色々な人に助けてもらってできました。
 
 
『怒り』
 
 
も忘れませんが、
 
 
『恩』
 
 
も、忘れてならぬと思っております。